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デザインとプログラムと、なんだろう

量より質?

2022.10.21

今の時代何かと効率を上げようとか、量より質だというのを耳にする

昭和の時代は例えば部活動だと水を飲んじゃいけないとか、
素振りを1000回とか、ランニング100キロだとか
今じゃ考えられないような練習が行われていたと聞く。
まさに「根性論」

その時代で育っていないので実際の事はわからないけど、
きっと効率や質ということとは真逆の事だと思う。
(実際、私が部活動をやっているなかでも似たようなことはあったので
なんとなく想像がつく)

最近ではどの分野でも質や効率が重視されるようになった。
練習時間の短縮、勤務時間の短縮などなど
もちろんそれは目まぐるしく変化する情勢の中で、
当然の流れなのかもしれない。

ただ、量をやることが軽視されているこの風潮は
逆に若年層の成長を妨げてしまっている気もする。

元プロ野球選手のイチローさんの言葉に「遠回りこそ近道」というものがある。
後々振り返れば無駄だと思うようなことでも、
その無駄なことをしていたから今が正しいということに気づける。結果それは無駄ではなかったという意味である。

イチロー選手は現代の選手としては珍しく「ウェイトトレーニング」をやらない選手として有名だが(イチロー選手がトレーニングをおこなっていないわけではなく、実際とんでもない量のトレーニングを行っている)
そこにも自身が若いころに 「ウェイトトレーニング」 をやりこんでだことで、これは必要がない、無駄だということに気づいた経験があるから今自分がやっていることに迷いなく取り組めるらしい。

これは今どの分野でも成功されている人にも共通していると思う。
若い時にいろんな無駄なこと、無駄な量をおこなってきたことで今最も効率の良い方法を炙り出せているいるのだと思う。

聞いた話によると私の中学校では週に1日、
その日は全部活動休みで強制下校という日が設けられているらしい。
さらに日曜日は部活動が基本ないという話も聞いたことがある。

それは先生方の事を考えると、悪いことではないと思うし、
むしろ推奨されるべきだと思う。
ただ、中学生という一番体力が伸びる時期に子供が休んでしまうような状況になるのはあまり良いことではない気がする。

体力があるということは、いろんな無駄なことに取り組めるということだ。
私自身も中学時代にとんでもない量の走り込みを「やらされた」おかげで、走り込みでは競技力の向上に限度があるということに気づけた。

先生方が見るのが難しいなら外部の方に来ていただくなどして部活動を行って欲しいなと思う。

若いうちから「量より質だ」「効率だ」というのはやっぱり難しいと思う。
それは年を重ねて身に付けていくべきことだと思うから。
「効率がいい」という言葉が悪い意味での「楽をする」と同義になっていっているのは悲しいことだ